OMATSURIKOZO's talk salon

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2001年6月号
連載170

「出会い系サイト」凶悪事件
いったい何が起こっているのだろう

5月の連休には夫婦で
オランダ・ベルギーへ行って来ました

 新緑の美しい季節です。私の会社の機材センターは山の中にあるものですからいつも季節の移り変わりが新鮮です。春先に山々の木々が薄緑というか薄黄に萌え始め、それが一斉に新緑に変わる5月は命の息吹をあらためて感じてしまうわけです。もうすぐ梅雨の季節にはなりますが、皆さんお元気でしょうか。

花のジュータンは春の息吹でした


 さて、私はこの5月のゴールデンウィークにはベルギー・オランダへ夫婦でツアー旅行に出かけてきました。仕事では何度か行ったところですが、海外は夫婦で共有体験をしておきたいと私は考えているものですから、私だけで訪ねたところを2人で体験しようと、ヨーロッパの春を楽しんでくることにしました。今年のヨーロッパの春は遅く、4月の末まで春と冬を行ったり来たりという状態で、温度も10℃程度、雨が多く観光には向いていない状態と言うことでした。私たち夫婦で海外旅行はもう何度も経験しましたが、未だに旅行中に傘を差したりしたこともなく、これといった悪天候に出会ったことがないので、今回の旅行についても向こうに着けばいい天気になるものだと楽観していました。私が訪ねた2度の訪問時期はゴールデンウィークの前後でしたが、ともに暖かい気候で、連休明けに訪ねた昨年はチューリップの季節が終わっていました。畑一面に咲くチューリップとヒヤシンスは赤・黄・紫のジュータンの様でとても美しいものでしたが、暖かすぎて花の季節が過ぎているのももったいないし、かといって雨と寒さに祟られた観光というのも考えものだと思っていたところ、4月の寒さが花の季節をずらし、天候にも何とか恵まれ、最高のチューリップ観光となりました。

ツアー旅行もなかなか楽しい


 オランダには仕事を通じて知り合った友人がいますから、ツアー旅行ではなくて個人旅行という手もあったわけですが、やはり色々なところを廻ろうとすればツアー旅行が適しています。最初にベルギーのブリュージュという北のベニスといわれる街を訪ね、バスに乗ってブリュッセル・アムステルダムとその周辺の観光をしながら春のヨーロッパを散策したのですが、落ち着いた古い街並みは新緑に濡れてとても美しかったです。ツアーのメンバーは9組・18名で私たち夫婦より少し上の年代の人たちが多く、しかも皆さん海外旅行の豊富な経験者だったので、ツアーでありながらプライバシーも尊重した良い関係で旅を続けることができました。天候が今ひとつと言うことでみんな心配していましたが、「私たち夫婦の海外旅行では最悪雨が降ったとしても、夜とかバスの中だけで観光中には傘なんか差したことがないから、絶対大丈夫。絶対に天候には恵まれる」と私が言いきると、何組の夫婦も「自分たちの旅行もそうだった」と言いだし、私たちのツアーは新興宗教のような妙な天候神話を獲得してしまいました。結局、どの観光地についてもそこそこの天候に恵まれ、最後のキューケンホフ・チューリップ公園の観光になって目的地に着くまで雨が降ってたにも拘わらず、バスの中では目的地に着いた時には雨が上がっているよと言った楽観的な雰囲気が漂っていました。案の定、公園の着く直前に雨は上がり、公園内の観光中には太陽までが降り注いできました。雨上がりの公園と周辺の花畑の美しさはしっとりとしてまた格別なものでした。私が言ったから晴れ上がったというわけではないでしょうが、「必ず天候には恵まれる」という奇妙な自信はみんなに伝染し、この旅を楽しいものにさせたことは確かだったようです。ある観光地では、街の中心地にある鐘楼の上に上がれるとガイドブックには書いていたにも拘わらず、その入り口が分からないとみんなうろうろしていたので、観光案内所を訪ねて私の下手な英語でも遣り取りできたため、みんな鐘楼の上から街を探訪することが出来たりもしました。女房まで喜んでくれたので、この数年の英語勉強が花開いた思いがしました。まあ一度訪ねたところであっても、女房と再び訪ねると新鮮な感激もあるものだと感心してしまいました。

ヨーロッパにはやっぱりパソコンネタはない


 ヨーロッパのパソコンネタというのは相変わらず無いものですね。ホテルにはインターネットへの接続用にパソコンが設置されているのですが、ホテルによってその課金方法が異なります。単純にコインを入れればいいところから、ICカードを購入してアクセスするものなどがありましたが、あまり利用はされていないのでしょうね、うまく接続できないことがよくありました。例によってhotmailにアクセスしてみましたが、誰からのメールかが分かるだけでおしまいという当然の結果を味わっただけでした。ブリュッセルでは少し街を散策しましたが、パソコンショップを覗いてPalmがヨーロッパでも凄く普及してきたのだなと言う実感を受けました。オランダの仕事関係の友人もこの旅行で会った時、小型DOSマシンからPalmに買い換えていました。でもおいらはザウルスでいいや。

「出会い系サイト」と凶悪犯罪


 さて、次の話題は少々暗いやつです。このところ私の話題はインターネット関連が多かったのですが、このインターネット関連の話題というのは最近の社会情勢から言っても当然のこととしても、「出会い系サイト」を通じた事件という三面記事的なものはあまり取り上げていませんでした。「ハッカー」「企業糾弾ホームページ」といったインターネットが生まれたことによって生じた事件についてはコメントしてきましたが、携帯電話を媒介として飛躍的に普及してきた「出会い系サイト」がこんなにも多くの事件を生み出すとは思いもよりませんでした。私がコメントして来たインターネット関係の話題は多くの場合パソコンを通じて生み出されたところのものでしたが、この間の事件を振り返ってみると日本におけるインターネット事情というのはパソコン世界から携帯電話世界に移行しているのではと思わずにはいられなくなってしまいました。日本のiモードというのはオランダでも話題に上がったりもしました。

携帯メールの普及


 今日電車に乗っていたら、中年の男性数名が色々話しているのが聞こえてきました。「自分の携帯はiモードにはなっていない」「iモードにしていたら、電話番号@docomo,ne.jpのままだといたずらメールが掛かってきますよ」とか、初心者らしき人にウンチクを垂れるグループの、うなずける話題が聞こえてきました。私の会社の年輩者が先日「こんな面白いメールが届いた」といって、ちょっとHなサイトの招待というか、出会い系への勧誘のメールを見せてくれました。「私のところにはこんなものは届いたことがないですよ。なにか個人情報をどこかに流したのでは」と訊ねたところ、「そんな記憶はない。でも面白いだろう」とメールを見せびらかせていました。家に帰った時、子ども達が話題にしていたのもこうしたメールの存在で、よく聞いてみると、iモードでメールアドレスが作られた時最初は電話番号が名前になっていて、多くの人がそれをそのままにしているため、無作為にこうした勧誘メールが送られてくるそうです。そのうえ、こういうメールを読むと読む方にもアクセス料が取られるそうで、彼らに言わせれば「バカみたい」と言うことだったわけです。私の場合はたまたま好奇心で早めに自分のニックネームをアドレスとして登録していたためにこうした迷惑(?)メールが届かなかったようです。ドコモもこうした事情を察知して今後電話番号アドレスをなくす方向で検討しているそうですが、こうした裏事情を知らない人間にとっては奇妙にして、またスケベ心をくすぐるメールだったわけです。
 また、電車に乗っていると携帯のボタンを親指で素早く連打している女学生をしばしば見かけます。私の第一印象は、「あんなに早くあのキーを打てるものだ」という感心で、ゲームパットでさえ連打し続けると引きつけを起こす我が指を振り返ってみたものです。しかし、食事代を削ってまでメールを出すことに喜びを感じている若い人たちが存在するという事実を聞き、少し腰が引いてきていることも確かです。どうも、パソコン通信から始まったBBSとかメールとかとは少し世界が変わってきているのかも知れません。パソコン通信時代からチャットに嵌るとか、通信で知り合って・・・したとか言うお話が色々ありましたが、どうもインターネット世界は「通信を介しての他者との関係性」をますます膨らませてきたようです。携帯メールの普及はある種の革命が起きたと感じざるを得ないもののようです。昔から「文通」といった知らない人とのやり取りはありましたが、パソコン通信時代はこれを少しだけ膨らませたかなと思っていたところ、インターネット+携帯電話という世界はどうも閉鎖性を解放したというか、私などが了解不能の世界を生み出してきているようです。

影が薄くなるパソコン


 そんな世界からこれだけ事件が続くといろんなコメントが新聞や雑誌に発表されます。その中にはなるほどと思うものも、あるいは類型的と思うものもあります。人の心の在り方の変容という点で捉えようとするのが一般的ですが、社会インフラの変化が人間の心の在り方に大きな変容を強いてきたのではないかという考え方を私は取ります。この20年、パソコン世界は大きな成長を遂げました。生まれたばかりのパソコンはまだまだおもちゃと言うよりほか無いもので、社会的基盤などは持たない知的好奇心を満たす高級おもちゃと言うだけのものでした。しかし、飛躍的にパワーアップする能力と低価格化はパソコン世界を社会的インフラにまで押し上げてきてしまいました。そのパソコンとインターネットが結び会って生まれたインターネット社会は、携帯による端末が飛躍的に大きくなる現代ではパソコンという存在は逆にだんだん小さくなりつつあるのかも知れません。携帯電話というハードは単なる電話機能を越えて、今自分がインターネットを使っているという概念をも持たない人たちまでを大挙してこのインターネット世界に押し込んできたようです。「出会い系」というサイトの前身は雑誌の文通コーナーや伝言ダイヤルなどでしょう。何かを期待する人たちのたまり場的な世界というのはいつの時代にもあるものの、インターネット+携帯電話はこれにぴったりのハード・ソフトだったわけです。

文通・パソ通・インターネット・メル友


 社会不安の現在、他者との関係性が希薄になっている時代などと色々言われていること、それも確かに当たっているとは思うのですが、どうもそれだけではないと思ってしまいます。手紙を書くという行為は、人にまともな文章を書くことを強要し、最後には投函という行為まで強いてしまいます。ところが、携帯電話のキーボードで打つ文章というのはそこまでのハードルを要求しません。意味のない、あるいは本人達にしか意味が分からない、他者には理解できないような文章が簡単に送れてしまう。こうした安易性がこの世界では醸成されているわけです。「出会い系サイト」を舞台とした事件を振り返ってみると、こうした世界を利用して意識的に他者を傷つけようとしていたものと、偶発性によって引き起こされたものがあるわけですが、どちらも漠然としたものに期待を持っていた人たちが事件に巻き込まれています。良識あると思っている人たちにとって見れば、こんないかがわしい世界に足を踏み入れたものが悪いと簡単に言うことが出来るでしょう。しかし、日常生活から飛び出したい、非日常をささやかに楽しみたいと思う気持ちを100%否定することは難しいです。「出会い系サイト」に好奇心が生じるのは分かる気がします。しかし、何回かメールで遣り取りした相手と直ぐに意気投合したと思い違いをして無防備になる心理というのは私には今ひとつ了解できないものがあります。ここで結論づけてしまえばあまりに当たり前の結論しかでてきません。

インターネットも社会教育が必要だ


 うーん、そんな単純なものではないと言う心の声が聞こえてきます。日常を飛び出したいと願った人たちは昔からたくさんいました。しかし、昔はそれを飛び出すことがなかなか難しかったため、思った人たちの中の多くが心の底に秘めたまま人生を終えてしまったのでしょう。ところが現代ではこのハードルがドンドン下がってきて、そこまでの自覚を持たないままに一線を踏み越えてしまう、あるいは簡単に日常に復帰できると安易に一線を踏み越えてしまうのかも知れません。現代の携帯メールというのはドラえもんの「どこでもドア」かもしれません。最終的に善意で構成されるドラえもんの世界とは違って、携帯のドアの向こうには悪意に満ちた落とし穴が待っている可能性も大いにあるわけです。自動車は便利だけれど凶器にもなるという社会教育がこれだけ徹底している社会においてすら、飲酒・暴走等の悪質な違法行為がまだまだまかり通っています。今、携帯電話は社会的にどのような認知をされているのでしょうか。携帯を悪用する、あるいはインターネットを悪用している人たちの多くはその「匿名」性が絶対の匿名性と勘違いしているのではないでしょうか。この勘違いが犯罪を助長しているような気がします。今、IT講習が盛んに行われていますが、こうした講習は技術の習得に100%主眼がおかれています。これは自動車講習の黎明期と同じです。インターネット教育もモラルも含んだ新しい社会教育のひとつとして薦めていくことが重要なことだと思います。 


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