インターネットが作った新しい世界
中国報道と検索サイトの変化
お祭り小僧のランダム・アクセス
清々しい季節を迎えましたが、世の中そう甘くはありません。ミャンマーではハリケーン、中国では大地震と、本当に天災が大きく報じられる今日この頃です。皆さん、お元気でやっていますか。私はとうとう59歳の誕生日を迎えました。パソコンに親しみ始めたのが三十数才頃のことですから、もう25年も経つわけです。長いようで短い年月ですが、年月を数えると少々感傷的にもなります。最近はパソコン関係でこれといった面白い遊びもなく、日々を何となく過ごしているだけで、ワクワク感がなくなっています。久しぶりに届いた古い友人からのメールにしても、返事を書こうと思いつつ「まあ、あしたでも….」と延ばすとそのままになっています。そんなとき、またも局長からの原稿依頼です。さぁーて、今度は何を書こうかと筆を進めることにしました。
四川省大地震と中国報道
さて、その中国四川省の大地震ですが、悲惨な状況は刻々とテレビで報道されています。中国の報道は「人心を惑わす」と言った政府の方針でしばしば報道規制がかかっていると言われていましたが、今回はまったく規制がかかっていないようにおもわれます。つい先般起こったチベット暴動に対してはかなりの規制があり、同じ映像が何度も使われていましたが、今回は日本の報道も現地からかなり映像を生中継で送ってきています。中国の政府の方針がどこか変わってきている証拠なのか、それともこの地震においてだけ特別なのか分かりませんが、たしかに変わっていると感じます。北京オリンピックを目の前にして、チベット暴動・四川省大地震と数々の問題が起こり、それに対しての政府の在り方が世界に開かれたものにしなくては中国の体制が持たないと感じ始めているのではないかと思います。従来は報道を規制して体制維持を図ろうとしていた方針が、情報公開によって体制を維持できるという自信を持ったのか、あるいはそうしなくては持たなくなると思うようになったかは別にして、大きな変換期を迎えている事は確かです。多分中国が豊かになってきているという事実がその変換を促しているのだと思います。豊かになった象徴とも言えるものが、インターネットと携帯電話ではないでしょうか。情報を個人の手に勝ち取れる世界は豊かさの象徴です。明日の米が手に入るかどうか、雨露がしのげるかと言った社会では、他者の事を知ったり知ろうとはしません。インターネットという新しいコミュニケーション手段を手に入れた人達は、もう政府の一方的な報道規制などは乗り越えてしまいます。一方軍事政権と貧困がまだ蔓延するミャンマーの被災地からは、あれだけの惨事に拘わらず情報はあまり発せられていません。また、国民の怒りも伝わってきません。ただ、被災に呆然としている状況が感じられるだけです。動画も映る携帯を手に入れた人達は、その映像を世界中に配信する事が可能になりました。そうした状況になってしまった中国社会においては、つまらない報道規制よりは情報公開による人心一致を図る方が有効なのでしょう。国難を前にして国民に団結を呼びかける、戦略的な情宣時代が始まったと考えた方がよいのでしょう。ミャンマーと四川省の災害を見比べてみた時、貧困と豊かさの萌芽の差を感じてしまいました。インターネットというコミュニケーション手段は、ある一定の豊かさの象徴であり、それを人々が手に入れてしまった後は、社会の有り様まで次の段階に移行する可能性を秘めているのかもしれません。
日中融和のために
今回、多くの人命が失われた事に深く弔意を表します。また、中国が始めて外国の救援を求めた時、日本を最初に指名し、それに日本がすぐさま参加した事は結果内容に拘わらず、今後の両国にとって素晴らしい事だと思います。両国国民の間に色々な不信感がありますが、これを機会に互いを信頼できる関係を再構築できたらいいなと思っています。
MicrosoftのYahoo買収戦略
先般からMicrosoftがYahooを買収しようと躍起になっています。買収金額がYahooの幹部と折り合わず一度は挫折しましたが、Microsoftは提携を持ちかけています。OSでパソコン世界を征服したMicrosoftもインターネットでは悪戦苦闘の連続です。パソコンOSという新規産業の勃発で世界を手に入れた巨人は、次世代のインターネットという新規産業界においてはもはや挑戦者ではなくなっていたのでしょう。ネットスケープというwebソフトをやっとのことで追い落としたら、Yahoo、googleというポータルサイトの登場に王座を奪われてしまいました。特にgoogleの成長は素晴らしいものがあり、「検索」というキーワードはインターネットの主役となってしまいました。ポータルサイト第2位のMicrosoftとしては、どうしてもgoogleと対抗するためにはYahooを手に入れるほか道はなさそうですが、これもなかなか前に進みません。私自身はどちらがどうなろうと別にかまわないわけですが、不思議なのはポータルサイトを運営する事がそんなにもお金になると言う事実にただ驚かされるだけです。宣伝を行う方法には様々な手段があり、TVは長い間その主役を担っていましたが、どうやら主役の座をインターネットが握り始めたようです。私は時々amazonでものを購入しますが、そのサイトに入ると「こんなものを購入した貴方は、こんなものはどうでしょう」と押しつけがましく言ってきます。時々それをクリックしている自分に「おい、おい」と呟くわけですが、本当に凄い時代になったものです。
「百度(Baidu)」という中国検索サイト
そんな時、中国の検索サイトを運営する会社がアメリカに上場したという記事を見かけました。“中国版Google”と言われる「百度(Baidu)」は中国国内ではGoogleと人気を二分するか、むしろGoogleよりも支持を得ている検索サイトです。中国語Webの検索に特化した、世界中の中国人のための検索サイトなのです。中国語を用いる人口は世界中で20億人から居ると言われているわけですから、その人達がみんな利用したら凄いものです。この企業の買収も大手検索サイト会社は模索しているようですが、なかなか難しいと伝えられています。こうした後発でありながら急成長が出来る会社が生まれる事がインターネットの奥深さとも言えます。まだまだインターネットを利用した新しい産業は勃興してくるのかもしれません。
ベトナム旅行
先月、女房の定年退職祝いで女房とベトナムに出かけてきました。南部ホーチミンから、中部フエ・ホイアン、北部ハノイと縦断したわけですが、面白い旅行になりました。ホーチミンについてまず驚かされるのが、大量のオートバイの流れです。道路に途切れることなくバイクが連なっていると言った印象です。その道路を老人までが少しずつゆっくりと横断している様を見て、女房はたまげてしまいました。ガイドは「向かってくるバイクに目をやりながら、ゆっくりと前に進めば恐くない」と言っていたのですが、現実にやってみるとなかなか勇気が要ります。街は大きなビルの下に小さな商店や屋台が並んでいて、本当に活気溢れた風情です。南北に走る国道の脇には、店の前を解放した屋台とも店とも言えない食堂や飲み物・果物を売る店が並んでいて、店の中では退屈そうに店番をしている人達がいます。中国や東南アジア全体に言える事ですが、あんなに小さい店が乱立していて食べていけるのかなと不思議に思うのですが、ガイドに言わせれば充分食べていけるのだそうです。南と北は気性が違うといわれていますが、どうやらイタリアと一緒のようです。堅実な北とノー天気あるいは楽天的な南という構造があります。北のガイドは、「北の人達はしっかり働いて家を建てる事を目標にしていますが、南はその日暮らしで満足している」と言います。まあ、至るところの樹木には果実がなり、米は年に3度も取れるというのですから、気楽なものかもしれません。このような風土にもかかわらず、アメリカ追放後の10年間は食糧まで不足したと聞きました。共産主義的な農業経営(集団農営)ではあまり効率がよくなかったようです。土地を分割して作物を自分の自由にしてよいと政策が転換してからは急に生産性が向上したとガイドは説明します。この国ではあれだけアメリカに痛めつけられたというのに、現在貨幣はベトナムドン以上にドルが通用しています。本当に「ウエルカム、アメリカン」なのです。日本と一緒ですね。そう言えば、フランスにも半世紀支配されていたにもかかわらず、「家はフランス風」と気取っているところが可愛いです。アジア全体に言える事ですが(日本を含めて)、「白色は偉い、黄色はひとつ下」という意識が潜在的に根付いているなとシミジミ痛感してしまいました。
「蒼穹の昴」と共に
ベトナム人は中国のことが好きではないらしいのですが(やはり黄色蔑視なのか、国境紛争の名残か分かりませんが)、全体に中国の影響が強い国だなと思ってしまいました。歴史的にみれば紀元前からの歴史を持つ国なのですが、隣に強烈な国が陸続きで存在したと言うことは、幸か不幸かこの国を規定したのでしょう。たまたまその頃浅田次郎氏の「蒼穹の昴」(清の末期、科挙と宦官によって支えられていた国が滅びていく様を描いている。この小説は本当にすばらしい。浅田次郎氏は面白いお話を作る人だとは思っていたのですが、それ以上のものだとも思っていなかったのですが、この小説を読んで「浅田さん、ごめんなさい。貴方を見くびっていた私を許して下さい」とつぶやいてしまいました)という小説を読んでいて、ベトナム・朝鮮の近代化の遅れが中国文化の影響であったのではと思ってしまいました。「蒼穹の昴」ではその苛烈さがよく紹介されている科挙という素晴らしい制度が、西洋文化というか、西洋のアジア略奪に対して為す術が無かった有様を描いているのですが、分かるような気がします。同じ漢字圏である(現在のベトナムはアルファベットを用いている)日本は、海を隔てた故か、科挙や宦官の制度を導入しなかった事が、近代化を容易にしたのかもしれない、中国・ベトナムでは孫文・ホーチミンと言った科挙から離れた人の登場によってやっと時代が動いたのだろう、などの感想を持ちながら旅を楽しんできました。今回の旅はベトナムそのものを楽しんだと言うより、「蒼穹の昴」によってアジアの近代化を旅したという気持ちを持ってしまいました。